卒業生の皆様へ

◎各種証明書の申請について

① 卒業証明書 ② 修了証明書 ③ 成績証明書
④ 調査書 ⑤ 単位修得証明書 ⑥ その他証明書

・1通400円、北海道収入証紙による納付
(収入証紙は銀行等で購入できます。道外にお住まいで北海道収入証紙を購入できない方は、手数料分の現金を送付してください)

芦別高校では閉校となりました芦別総合技術高校・芦別工業高校・芦別商業高校・芦別啓南高校の各種証明書も発行できます。

※1証明書の種類によって発行までの必要日数が異なりますので、余裕を持って申請してください。
※2調査書・成績証明書は卒業後5年、単位修得証明書は卒業後20年が経過すると発行できませんが、芦別工業高校(電気科)または芦別総合技術高校(電気・電子科 ※電気コースに限る)を卒業された方で、電気主任技術者免許状交付申請に単位取得証明書が必要な方は発行可能です。
※3英文の証明書が必要な方は、申請書の氏名(自署)欄にパスポートのローマ字表記も併せて記入してください。また、必要とする証明書の欄に「英文」と明記してください。
         Yamada  Taro
 <例> 山田 太郎
※4証明書の発行時に、本人確認をさせていただきますので、身分証明できるものをご用意ください。ご協力お願いいたします。
なお、提出していただいた身分証明書等は本目的以外には使用いたしません。


<証明書の申請方法>
「証明書交付申請」に黒ボールペンで必要事項を記入し、収入証紙貼付欄に@400円×必要枚数分の収入証紙を貼り、印鑑で割印してください。(道外在住で北海道収入証を購入できない方は手数料分の現金を送付してください)

「証明書交付申請書」と「代理人選定届出書」のダウンロードはこちら  交付申請書・代理人選定書.pdf

芦別市内の北海道収入証紙 販売場所
北洋銀行芦別支店・北海道銀行芦別支店
たきかわ農業共同組合芦別支店(中央支店では取り扱っておりません)

北海道収入証紙の販売場所一覧はこちら(リンク先に移動します)


遠方在住で郵送希望の方
 下記の1~3を送付してください。
 1 「証明書交付申請書」
 2 「身分証明書の写し」
  →運転免許証・健康保険証・パスポートのいずれか
 3 「返信用封筒」と「返信用切手」
  →返信用封筒に郵便番号及び住所、宛名を記入し、切手を貼付してください。

学校窓口で申請・受理できる方
 下記の書類を平日の午前8時から午後4時までに学校窓口へ持参してください。
 (事前に電話連絡をいただければ、来校時に待ち時間の短縮になります)
 
 <本人が申請の場合>
 1 「証明書交付申請書」
 2 「身分を証明できるもの」
  →運転免許証・健康保険証・パスポートのいずれか

 <代理人が申請の場合>
 1 「代理人と申請者の身分を証明できるもの」
  →運転免許証・健康保険証・パスポートのいずれか
   (申請者は写し)
 2 「証明書交付申請書」
 3 「代理人選定届出書」


 ◇お問い合わせ先
〒075-0041 芦別市本町40番地13
北海道芦別高等学校 事務室
Tel&Fax 0124-22-2164
 

芦別高校の歴史

芦別高校の生い立ち

昭和16年、実科高等女学校として誕生した芦別高校。学校が作られた経緯や時代背景を探ってみました。

1.町立芦別実科高等女学校時代(昭和16年3月~昭和18年3月)

 芦別高校は、昭和16年3月から昭和18年3月までの「町立芦別実科高等女学校」を振り出しに、学校としての歴史をスタートさせました。当時の様子を、三十年史では次のように伝えています。

■昭和16年ごろの芦別の状態
 軍需景気は産業の基底を著しく拡大し、町勢の進展を来した。軍需景気によって真先に回復の兆を示したのは石炭産業である。 ・・・<中略>・・・ 炭鉱の発展に伴って昭和11年に人口12,058人、戸数2,087戸、昭和15年には17,011人、戸数2988戸、この結果種々の施設は急速に拡大された。

■町立芦別実科高等女学校の創設
 教育施設も炭鉱の発展に伴って西芦別小学校が開設され、炭鉱の急速な発展は必然的に学校の増設を余儀なくされた。これに伴い上級学校への通学者は男子は主として滝川中学、深川中学、札幌一中、札幌二中、北海中学校等に学び、女子は滝川高女、砂川高等家政女学校、富良野実科高等女学校に通学していたのである。
 かくて上級学校入学者が次第に増加するにつれ、中等教育の必要性が高まり、従来の青年学校女子部において行っていた実業補習教育を拡充し、昭和16年3月芦別村立芦別実科高等女学校が設立され、芦別尋常高等小学校に併置されることになった。

■芦別実科高等女学校の創立
 女子教育に対する一般の認識が進むに従って、教育施設設置の要望は年々大きくなり、昭和16年2月村会で実科高等女学校の設置が可決されて以来、関係方面への積極的な働きかけにより、3月18日芦別国民学校に併置が認められ3月18日芦別尋常高等小学校佐々木久五郎氏が校長兼任を命ぜられ開校の運びとなった。4月5日、希望に胸ふくらませた62名の本科第1学年の入学を許可し、4月22日初めて開校式を挙げたのである。 ・・・<中略>・・・ 教育内容は、家政的実科を主とするものであったので、一般家庭からも歓迎され、芦別地方の各集落はもとより、隣接町村からも入学者があった。特に一回生は年齢の不同が特徴であった。
 昭和17年3月22日には第1回卒業式が行われ、58名が晴れて卒業生となる。


 このように、戦争による石炭の需要増加が直接的なひきがねとなって、芦別の基盤産業であった石炭産業が発展し、教育のニーズが高まっていた中で実科高等女学校が設立となりました。芦別の炭鉱の本格的な開発は昭和の初頭で、空知地区の中では後発の方にあたります。明治期の北海道開拓当初から開発されてきた夕張や三笠などの南空知の産炭地と比較すると歴史が浅いのが特徴です。

<資料>
■創立当初の職員構成
 校長 : 1名
 教諭 : 2名
 嘱託職員 : 5名  (計8名)

■校舎
 芦別国民学校に併置し、裁縫教室1(40坪)、職員室1(6坪)を専用とし、他に音楽室、作法室、体操場を共用として借用
 昭和17年度にさらに裁縫室1(30坪)を借用

■教科・科目
 修身、公民、国語(講読、作習文)、数学(代数、幾何)、裁縫(和裁、洋裁)、家事、手芸、図画、音楽、実業、体操、教育

■生徒概要(出身地方別)
 年度科別学年芦別村赤平村砂川町美唄町上川石狩十勝留萌其の他

昭和16年度本科1学年534111110163

昭和17年度本科1学年4213004001060

2学年514111110161

■校章(昭和16年8月26日制定)
■校旗(昭和16年12月2日制定)

2.町立芦別高等女学校時代(昭和18年4月~昭和25年3月)
 昭和18年より組織変更となり、芦別高等女学校となりました。
 30年史では次のように伝えています。

■組織変更
 昭和16年4月22日、63名の生徒と教師3名、嘱託4名で発足した実科高等女学校も、昭和18年4月1日、北海道芦別高等女学校に組織変更が認可され、それにともなって生徒数113名、教師4名、嘱託5名となる。・・・<中略>・・・ 2年間の実科高女から、ここに新しい芦別高等女学校として再出発することになった。4月5日、入学式(入学者55名)、対面式、始業式、教育後援会総会が行われ、4月7日より授業が開始された。昭和21年4月1日北海道庁成学第63号通牒、中等学校修業年限延長措置により修業年限3ヵ年の高等女学校となる。

■学級編成及び生徒数
 年度1年生2年生3年生生徒数学級数

昭和18年度5558-1132

昭和19年度5849-1072

昭和20年度6260-1222

昭和21年度6257171363

昭和22年度5055541593

昭和23年度4131-722

■戦時色
 昭和6年の満州事変を契機に12年の日中戦争以後、戦時色を帯びだして数年間の学校教育は一面以前と似通った授業を続けつつも、軍国調の生活が一段と加わっていった。 ・・・<中略>・・・ 敗戦近くの1、2年は相次ぐ応召等による労働の不足をカバーすべく、勤労動員はますます強化され、6月1日より10月末日まで援農動因を実施することとなり、6月10日、野花南、丸山、北林方面に28名合宿、長期援農動員態勢に女子も参加しなければならない状態になった。昭和19年ともなると、勤労即教育となり、常時勤労動員、非常勤労に出勤。20年に入り本土爆撃がいよいよ熾烈化し、一時授業停止命令が出され、ここに教育の機能は完全に停止することになった。

■当時の学校生活
 昭和18年3月22日、実科高等女学校本科第1回卒業生54名を送り出し、3月25日初めて試験が行われるようになる。学科と面接で約1倍強の志願者になる。この入学試験もやがて口頭試問と身体検査だけになり、特に身体検査に重点が置かれた。
 戦雲急を告げるに従って、学校生活も大きく変わり、神社参拝、時局講話、町葬参列に明け暮れはじめる。また「英語」は敵国語として廃止されたのもこの頃である。銃後活動も活発になり、出征遺家族の家への援農などは長期にしかも分宿して行われるに至った。また援農先において町内防空演習に参加するなど、援農即実戦態勢の状態であった。

■芦別高等学校への転換
 学校教育法の施行(昭和22年3月31日)により、「高等学校の修業年限は3年」と規定された第46条に則って、昭和23年1月に新制高等学校設置基準が公布されて間もなくの昭和23年4月1日、北海道にも新学制の実施が始められた。それに従って、従来の高等女学校は高等学校に変更、進学を希望する者は2、3年に進み、ここに新制高校としての編成が成立し、実科高女以来組織変更による芦別高等女学校の7年間にわたる女子のみの中等教育の場としての歴史を閉じることになる

*当時の様子*
学芸会(山椒太夫) 昭和21年10月

実習園での収穫 昭和21年10月

陸上部全道出場 昭和22年

ひなまつり(全校会食) 昭和22年3月

高等女学校校舎平面図(昭和16年~昭和24年)

 芦別高等尋常小学校に併設されていた頃の校舎平面図です。
 青色の文字の部屋は尋常小学校の教室、赤色の文字の部屋は高等女学校の教室、尋常小学校との共用教室です。


 

芦別高校の歴史2

芦別高校の生い立ち(2)

実科高等女学校として産声を上げた芦別高校。昭和23年度から新制の高校として再スタートを切りました。

2.新制高校(北海道芦別高等学校)設立当初
 本校は昭和23年度よりそれまでの高等女学校から新制高校「北海道芦別高等学校」に昇格となりました。この当時の様子を三十年史では次のように伝えています。

■高等学校の設置
 議案第○○号
  新制高等学校の設置について
 町立芦別高等女学校を新制高等学校に昇格させるものとする。
  昭和23年3月18日 芦別町長
<理由>
 新学制の実施により旧制の高等女学校は廃止されるので、中学校卒業生徒を進学させるための新制高等学校の設立をするのである。

 これは昭和23年3月31日法律第26号学校教育法に伴う措置であるが、従来の北海道芦別高等女学校は高等学校に変わったが校舎は芦別小学校に併置の状態であったため、町理事者、議員、各小中学校PTA会長、学議経験者を以って「北海道芦別高等学校設置建設期成委員会」を町理事者が設置し、各方面の準備が行われた。

■校地買収
 学校敷地については四筆二町歩旧国有農地一時貸付規則第6条の規定により借受申請を昭和24年3月に行い校舎建築に着手したことになっているが、この土地は元大心寺所有のものであり、昭和22年12月自作農創設特別措置法により国が買収したものを、耕作権を持っていた南部金呉氏と23年9月交渉が持たれ、離作料を支払って工事に着手している。その後昭和25年4月より11月までの間に他の三氏との間に交渉が持たれ、それぞれ町が買収し現在の敷地を形成した。

■校舎
 校舎建築については、町議会の決議に基づき昭和23年度より着手、生徒の増員分を見合わせながら、昭和27年には一応の完成をみているが、その後機械科教室増築工事、普通教室増築工事、体育館床張り、校舎内壁の補修等昭和30年度までに毎年工事が継続されている。
 加えて啓南校舎の創立に伴う4教室の増築が31年度中に行われ、昭和32年5月2日に現在もなお啓南校舎と表現されている校舎が完成した。
 そして、昭和35年度の20周年記念行事として4月27日より体育館の増築工事が行われ、ほぼ現在の校舎を形成するに至った。

■道立移管
 昭和23年秋から校舎の建設にとりかかり、昭和24年6月30日に移転、昭和25年4月1日付けで道立移管となったのを見ていると、極めてスムーズに運ばれているが、この裏には町理事者のなみなみならぬ努力があった。 ・・・<以下略>・・・

■創立期の教育課程
 終戦後の日本の教育改革のもとに、昭和22年新制高校が発足したが、本校は昭和23年度より町立芦別高等学校として創立したのである。発足当時の教育課程は、職員、校舎、生徒などの関係から混沌たるものがあった。よって、当初23年の教育課程は型として表されていない。翌24年の教育課程より次第に型を整えてきた。昭和26年の教育課程にいたって当時の学習指導要領に準拠した充実したものになった。特に、選択、必修教科の巾が大きかったのが特徴である。

(昭和26年度の学年別教育課程)




教科設定単位A群B群C群D群合計備考

1年必修国語3329~34国語(国語2、漢文)
数学(一般数学解析1)
理科(生物、物理、地学)
芸能(音楽、工作、図画)
家庭(和裁、洋裁、被服理論)

社会55

体育33

選択国語2~4425

数学5555

理科555


英語5552

芸能2~4
29

家庭9




2年必修国語3330数学(幾何、解析2)
理科(化学、生物)
芸能(音楽、書道、図画工作)
工業(採鉱、測量、製図)
家庭(食物、和裁、洋裁、栄養)
社会(日本史時事問題)

社会55

体育33

選択国語2~442


数学555
5

理科555
5

芸能2
222

英語5555

工業7


7

家庭12

12

3年必修国語3331社会(人文、地理、世界史、日本史)
理科(生物、化学、地学)
数学(幾何、解析2、一般数学)
芸能(音楽、書道、図画、工作)
工業(機械、金材、地質鉱物採鉱、製図、測量)
家庭(家庭経理、育児、食物、洋裁、和裁)

保体44

選択社会55
5

数学55



理科55

5

英語55



芸能22
22

工業15


15

家庭17

17

国語2~42

2
(注;3年のB群の選択科目については記述が残っていません)

*この資料から、現在の芦別高校で行っている教科選択制(群選択)は、学校設立当初からの長い伝統であることが伺えます。現在実施している教育課程と、上記の昭和26年度教育課程は、基本的なコンセプトがほとんど同じといえます。

*文中の「啓南校舎」について・・・昭和32年度に芦別啓南(けいなん)高校(のちの北海道芦別商業高校)が設立されましたが、当初校舎がなく、芦別高校校舎の一部を啓南高校として利用していた時期がありました。上芦別に啓南高校校舎が完成した後も、「啓南校舎」はそのまま残り芦別高校の校舎として活用されたようです。

*当時の様子*
学校祭・仮装行列 (昭和35年)

体育館増築工事 (昭和35年)

授業の様子 (昭和31年)
 

周年記念誌一覧

周年記念誌一覧
1.創立20周年記念誌/北海道芦別高等学校
  昭和35年9月5日発行・全84ページ
 芦別高校創立20周年を記念して発刊された、初の記念誌。歴代校長、表彰者一覧、沿革史抄、卒業生座談会、回顧録などで構成されています。昭和30年代、本校は部活動が隆盛を極め、野球部が甲子園に出場したのをはじめラグビー部も全国出場、レスリング部からはオリンピック選手が生まれるなど、その名を全国に轟かせていました。陸上部、柔道部、女子バレー部は全道で上位入賞、また書道部も全国大会に出場し文部大臣賞を受賞しました。現在の芦別高校の部活動の基礎は、この時代にできたのです。
表紙
1・2ページ(見開き) 校舎全景写真が掲載されています。
目次
野球部全道制覇・甲子園出場(見開き) 新聞記事と写真のコラージュになっています。
部活動(見開き) 各部の活躍ぶりが紹介されています。

2.創立10周年記念誌/北海道芦別高等学校 定時制課程
  
昭和36年発刊・全12ページ
 芦別高校定時制課程創立10周年を記念して発刊された記念誌。当時の学校長からの言葉、旧職員や卒業生のコメント、および卒業生名簿で構成されています。
表紙
表紙の裏 校歌が載っています。

3.創立25周年記念誌「芦高 二十五年の歩み」/北海道芦別高等学校
  
昭和41年3月1日発刊・全106ページ
 創立25周年を記念して発刊された一冊。二十五年史、祝辞・回顧録のほか部活動の歩み、学校要覧(昭和41年当時)など他の号にはない資料的価値の高い内容で構成されている点が大きな特徴です。この当時の出来事としては、本校の工業科が分離独立し芦別工業高校(のちの芦別総合技術高校)が誕生したことや、水泳プール建設、グランドピアノ購入など施設・設備の増強があげられます。また当時のPTAの手により昭和38年度から43年度までの積立金を使って合宿所「芦高会館」がグランド横に建設されました。芦高会館は、少しずつ補修しながら現在も合宿所や生徒会活動の場所として頻繁に活用されています。
表紙
学校概要 間口数にご注目
昭和39年度の進学実績
道内国公立大学合格者数推移

4.創立30周年記念誌「三十年史」/北海道芦別高等学校
  
昭和46年9月19日発刊・全193ページ
 30周年を記念した本誌は、これまでの周年記念誌の集大成ともいえる大作です。全体が6編に分けられ、沿革史、卒業生の回顧録と座談会、生徒会、部活動、定時制、PTA、同窓会、学校概要、教育課程の変遷、名簿など当時の芦別高校の様子をすみずみまで網羅した内容となっています。資料的価値が大変高く、「芦高歴史探訪」のページはこの三十年史に掲載されている情報をベースに作成しています。

表紙

校舎増築状況

5.創立40周年記念誌「四十年史」/北海道芦別高等学校
  
昭和55年9月20日発刊・全200ページ
 40周年記念誌では、校舎改築についての特集が組まれています。昭和53年度より現在の校舎の建設工事が始まり、昭和55年1月(昭和54年度)に木造の旧校舎から鉄筋コンクリート製の現校舎に移転となりました。校舎改築期成会の結成など、貴重な記録が残されています。また、改築と時を同じくして閉課となった定時制課程の特集も組まれ、当時の雰囲気が感じられる内容となっています。本の装丁もこれまでの記念誌とは異なり、高級感があります。

表紙                 裏表紙
旧校舎と新校舎             第1期工事
定時制の特集ページ~沿革や日常の様子など

6.創立50周年記念誌「五十年史」/北海道芦別高等学校
  
平成2年10月28日発刊・全189ページ
 平成2年度に創立50周年となり、50年間の集大成としての記念誌「五十年史」が発刊されました。節目の年の記念誌ということもあり、沿革史が大変詳しいのが特徴です。各年代ごとに座談会が5つ組まれ、それぞれの卒業生が往時の思い出を語っています。また、これまできちんとした形でまとめられていなかった定時制課程の年度ごとの行事記録や回顧録が、この号で初めて整理され掲載されました。次の六十年史はこの五十年史のスタイルを踏襲しており、本校の周年記念誌の標準的な形となっています。
表紙

新旧校舎の比較            定時制回顧録

7.創立60周年記念誌「六十年史」/北海道芦別高等学校
  
平成12年10月28日発刊・全150ページ
 平成12年(2000年)に本校は創立60周年となりました。この年の主な動向は、屋外プールの解体・新築、サッカーグランド横(芦高会館前)にあった立ち木の撤去、じぞう町通りをはさんでラグビー場向かいにあった旧図書館(演劇部部室として使用)の解体、校舎1階の耐震対策工事(大規模改修)、校内LAN(芦高LAN)の職員室への導入などです。また、人口減と少子化の影響から、この年度の入学生が普通科5間口規模の最後となり、翌平成13年度入学生から1学級減の普通科4間口募集となりました。
表紙
校舎                 校旗・校訓・校歌

8.創立70周年記念誌「七十年史」/北海道芦別高等学校
  
平成22年11月13日発刊・全142ページ
 六十年史のスタイルを踏襲し10年間を扱った最も新しい記念誌です。他校に例をみない毎年発刊の同窓会誌「芦窓」の寄稿文をメインとして掲載しています。各年度の学校祭をカラー写真で記録しています。10年間の卒業生名簿を載せ、昭和25年に制定された格調高き校歌に現代語訳を試みました。平成16年芦別総技高校と統合、情報ビジネス科1間口と普通科4間口(現3年生は3間口)の、市内で唯一の高校となりました。平成17年には産業振興棟・弓道場が新設されました。文化系・運動系で多くの全国大会出場を果たしています。
表紙

校舎全景               芦高史跡巡り
 

ギャラリー(高根/常磐)

高根・常磐写真集

 空知川左岸の高根(たかね)地区と右岸の常磐(ときわ)地区。両町それぞれの歴史があり、高根はかつて炭鉱町として栄え、常磐は芦別で最も古くに開拓された”芦別発祥の地”です。またこの地区には未完成に終わった「国鉄芦別線」の遺構が残っています。今回は厳冬期の町の風景を紹介します。
 (2006.1.5撮影)





























 

芦別総合技術高等学校HP



北海道芦別高等学校との統合により北海道芦別総合技術高等学校は平成18年3月に閉校しました。
  *このホームページは芦別高校サイト内に設置しています。
  *このホームページの更新は芦別高校では行いません。

創造・協調・錬磨


①『閉校記念式典』ならびに『集いの会』は無事終了致しました。
  皆様のご来校、誠にありがとうございました。

   『閉校記念式典』の様子





   『芦別獅子特別演舞』の様子





   
②閉校に伴い、卒業証明書等の発行事務は、平成18年4月1日(土)(実際は4月3日(月))以降北海道芦別高等学校が行います。対象となる卒業学校名は次の通りです。
  北海道芦別啓南高等学校
  北海道芦別商業高等学校
  北海道芦別工業高等学校
  北海道芦別総合技術高等学校
 
北海道芦別高等学校
 Hokkaido Ashibetsu Senior High School
〒075-0041 北海道芦別市本町40番地13
電話  0124-22-2164(事務室)
    0124-22-2645(職員室)
FAX 0124-22-2164
メール ashibetsu-z0@hokkaido-c.ed.jp

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